求个日语论文,中日饮食文化的~ 日语的

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heros塞勒
2016-02-17 · TA获得超过196个赞
知道小有建树答主
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はじめに
 中国と日本の料理は调理方法、食べる习惯、味の违いがある。その原因は国の地理的な位置、动・
植物の量や种类、歴史、生活习惯、政府の政策などいろいろな原因によって、违いが生じている。
それらの违いに基づく「食文化」について认识しようと思ったのが研究动机の一つである。また,
日本の居酒屋でアルバイトをするうちに、日本の料理の造り方、管理の方式、店全体の运営方法に
ついて详しく知ることができたからである。日本の管理方式や店の运営方法は、すでに独特なシス
テムになっていた。このシステムについて、日本文化の视点から日本の饮食店を见ると、日本の歴
史や社会の変迁、生活の习惯に関すること知りたいというのがもう一つの研究の动机である。
 そこで、文章の构成については大きく三章に分けて说明し、それぞれまとめて见たい。
 第一章は「食文化の実态―中日の场合」とし、今の中华料理にしろ、日本料理にしろ、何千年も
时间を経て、その国の食材と习惯の影响をうけて、现在の様子や风味になってきたのである。その
ため、本章の中に、日本料理と中华料理、食材の天然条件、食材选択、中日の地理、动・植物の量
や种类、歴史、生活习惯、政府の政策、调理方法、食べ方の习惯、调味料などの角度から见て、中
日料理の同异について说明した。
 第一节 日本料理と中华料理
 日本料理とは日本周辺の食材を使い、日本の国土で独自に発达した料理を指す。日本食、和食と
も言われる。海外では寿司、荞麦、天麸罗がよく知られている。日本料理の量はあまり多くない。
食器は古风で、小さく巧みである。料理の中に日本人の美意识を表していると世界の人々がよく言
う。近年では、西洋料理も日本料理に大きな影响を与えている。
 第二节 食材の天然条件、歴史
 中日両国所在の地理的位置、自然条件によって、その国に生える植物や生きる动物も违っている。
この动・植物は料理の原材料であって、直接料理に影响している。日本は地理的に海に恵まれた国なので、水产资源がとても豊富である。鱼料理も日本料理の一番重要な位置をしめている。中国で
は、アジア大陆に位置しているけれども、海の深さはより浅い。そのため、沿海水域の鱼の量がよ
り少ない。日本は肉食する歴史が短く、肉料理が鱼料理よりあまり工夫されていないと思う。中国
では、国土が広くて、草原、山林の中に多くの野獣が生きていた。中华料理は羊肉、犬肉、ロバ肉、
蛇、など野生动物がよく使われる。中华料理の中に、いろいろな动物の肉料理がある。今の中华料
理の高级菜はほとんど肉料理である。
 第三节  食材选択
 日本料理食材の选択:一般的に米や野菜、豆类などの农作物、海产物などがよく使われる。素材
に手を余り加えず、素材本来の味と香りを引き立たせる素朴な调理法が尊重される倾向が强い。特
徴的な味付け方法は、昆布・鱼・椎茸からとっただしをベースに味噌や醤油を用いる。
 中华料理の食材の选択の中、有名な高级料理として选んだ材料は、燕の巣、フカひれ、クマの手
のひら、鹿の尾、虎の骨、猿の脳などがある。
 中日料理の材料を见ると、日本の场合、昔は动・植物の种类が少ないので、海产物の料理が多い。
中国では动物や植物の种类が多くて、また少数民族の影响で、いろいろな动物や植物を料理にする。
だから中国人は何でも食べると言われる。それは両国の特产物の违いと异民族に影响されたのが原
因である。
 第四节 调味料
 日本料理の调味料は塩、酢、味噌、ネギ、シソ、唐辛子、だし、乾燥昆布、干し椎茸、鰹节、煮
干、胡椒、ソース、 マヨネーズ 、マーガリン、乳制品(牛乳、コンデンスミルク、バター、チーズ)
カレー粉として调合され売られている香辛料などがある。
 中华料理の调味料は非常に多くて、常に使われる调味料は醤油、トウガラシ、胡椒、山椒、味の
素、片栗粉、酢、白砂糖、酒、生姜、ニンニク、ごま油などがある。
両国が使う材料を见ると、日本料理は调味料の味が薄く、料理する时にあまり多く调味料を入れな
いで、食材本来の香りを重视する。中国料理は调味料の味が浓く、主に调味料の味として、食材本
来の味を隠すため多めに使う。それは両国の人の料理に対する観念の违いであり、习惯や味覚の违
いが原因である。
 第五节 料理の特徴
 日本料理は素材に手を余り加えず、素材本来の味と香りを引き立たせる素朴や调理法が尊重され
る倾向が强い。日本の场合は料理を重视する以外、料理の色、材料の组み合わせ、料理の皿,美感
も考える。西洋料理との结びつきも现在の日本料理の特徴である。
 中华料理五つの特徴:色、香、味、意、养で、すべて料理が中心である。包丁技术、火加减を中
国人はよく工夫する。だから中华料理と他の国の料理とが违うのは、调理するコックは少なくでも
10年くらいの経験がなければ好い料理はつくれないと思う。
第六节 调理の方法
 日本は地理的な影响と海の渔介类が中心なので、新鲜な食べ物が出来る。だから、生ものや焼き
物の料理ができる。
 中华料理の高级料理は、ほとんど肉料理である。作る方法としては,中华料理は、食材と食材を
混合して味をよく工夫したものである。それ故、中华料理は原料と补料が分かれている。中华料理
の补料は少なくでも一つの料理に三、四种类ある。中华料理の场合は生の食べものはない。すべて
の料理は火を通さなければならない。昔は动物を食べ物の中心にして、火を通せば血と臭みが取れ
るので、今の料理でも火に通さなければならない形になったのである。
 第二章は「食文化の现われー中日の『居酒屋』の场合」とし、中华料理と日本料理は中国人と日
本人の知恵を结集したものである。贵い知恵の成果は现代社会の中の店にも现われている。中日の
饮食店は両国国民の习惯によって、店のテーブルの配置、全体の雰囲気、営业时间、人员の配分、
雇用の形态、商品の仕入れる方法などがそれぞれ违っている。それらの问题点を解明するため、本
章は両国の生活习惯と社会现象を参考にして、具体的な中日饮食店の例を挙げて说明したい。特に、
アルバイト通じて学んだことである。日本人の管理方式と电子化に伴い、何百の大手チェーン店も
できた。そのよい面と中国の店と比べて分析した。
 第一节 営业场所
 私がアルバイトとして勤めていた「居酒屋」はほとんど木、竹、土などの自然の素材を使ってい
た。部屋の区切りも木を使うことが多い。この雰囲気は中国にはないもので文化的な违いである。(资
料 1、1990 年の调査によれば、森林の面积は 3280 万 ha、国土の全面积に占める割合は 48・7%
であると言われる。)
 中国の居酒屋の装饰は主に大理石、タイルを使っている。部屋は石の壁で个々の部屋に区切られ
る。テーブルと椅子の场合も大理石、ガラス、鉄の材料をよく使っている。(资料 2、2005 年中
国に於ける大理石の采掘量は 4888.76 万平方メートル。)
 昔からの生活习惯によって、日本の居酒屋は座敷とテーブルという二つの様式がある。中国では
テーブルは円卓を使う。
 第二节 従业员
 日本の饮食店では、学生アルバイトが多い。居酒屋の従业员の构成はだいたい学生アルバイト6
割、社会人アルバイト3割、社员1割だと思う。その原因は1、日本の少子高齢化   2、正社
员采用の抑制 3、学生自分の要请、という三つである。
 中国に於ける従业员の构成は日本と违い、すべて社会人が働いている。都市部の饮食店の従业员
は95%くらい农村部から街に稼ぎに来た人たちである。中国は人が多くて、学生は进学の竞争が
激しいので、高校生の场合毎日勉强するために、アルバイトをやる余裕がない。大学生は相対的に
多少时间がある。ただし大学生は高い知识を持つ学者として、家庭教师などのアルバイトしかやっ
ていない。今日、都市部の饮食店の従业员は95%くらい农村部から街に稼ぎに来た人たちである。
この人たちは中学校を卒业しても、家が贫しいために、都市部に働きに来る。饮食店の仕事はすぐ
覚えられるから、高等な知识や技术を持っていない人はほとんど饮食店の仕事を探すのである。
 勤务时间については中国における勤务时间は朝9时―午後2时、午後 5 时―夜 9 时、一日约
10时间。日本の场合は店の営业时间によって、朝9时から翌日7时までの间に、アルバイトは2,3
时间から10何时间でも可能である。社员の场合は少なくでも10时间くらい。
 人件费については店舗の规模はほぼ同じくらいで、従业员では中国は日本の3倍である。特にキッ
チンの従业员は日本人が仕事をする効率が高いことも分かった。
 第三节 仕入れの方法
 日本の场合 : 今の日本の饮食店は、インターネット、ファクス、电话などの手段を通じて、仕入
れ商品を注文することができる。
 中国の场合:野菜贩売市场へ买い物に行く。地产の野菜は、町周りの农民たちが自家产の野菜を
直接持って来て、市场で売る。値段は自分で决め、自由に売ることができる。农民たちは自分の野
菜を早く売り切るために、値段が他人よりすこし安くても认められる。それゆえ、市场の値段が毎
日変わる。买う场合、もちろん一番安いところで买うわけである。中国は1992年に「自力更生」
政策を施行して以来、全国すべての国民は経営、売买の権利を得た。能力があれば谁でも自由に贩
売できる。この政策は国民に便宜を図るが、商品の値段のコントロールが弱くなったと考えられる。
 第四节 道具
 私は 2000 年の约半年间、宇都宫市の居酒屋でホールのアルバイトをしたことがある。その时一
番びっくりしたことは注文の道具がペンとメモ用纸ではなく、ハンディーという电子机械で料理の
注文をとる。ハンディーとはオーダーを受ける际に,店员がピピッっと打つ小型の无线机のことで
ある。ハンディーにはオーダーを受けると、厨房のプリンタを印刷して、厨房に一括でオーダーが
通るので手书きよりも正确で、かつスピーディであるという利点がある。オーダー漏れや提供ミス
を未然に防ぐことができる。
 厨房の道具について中国の场合は、野菜をきるのは包丁で、小麦粉を混ぜるなどすべて人间の手
でする。日本では、いろいろな机械でそれらのことをする。日本人は改善策や技术革新などをとて
も重视する。日本の厨房を见ると、厨房设备は、科学技术を取入れ効率を高めていることに深く気
づいたのである。
 第五节 接客サ-ビスと制度
 アルバイトしていた店を例として日本の居酒屋の接客サ-ビスと制度について说明した。日本の
居酒屋では、毎日居酒屋朝礼と夕礼がある。スタッフは 70%が学生であり、こういう学生达はま
だ若く、社会に関して深く了解できていないので、サービスの提供や接客などについて、充分分かっ
ていない。忘れる场合もあるので、常に教育が必要であると思う。
 中国の场合は、従业员の年齢も若いが、日本のような教育は今まではなかった。それゆえ、お客
様とのトラブルがよく出てくる。経営者は人材市场で従业员を雇用し、仲介费も払わなければなら
ない。いろいろな手続きもする。都市の人はほとんどいない。大部分は农村の人なので、中国の居
酒屋には人材が非常に不足している。
 日本の居酒屋のキッチンの管理方法は非常に厳しい。マニュアルを见ながら、料理を作る。调味
料の量、火の温度、作り方、全部マニュアルに书いてあるから、経験なしでも大丈夫だと考えられる。
 第三章は「食文化の融合」とし、二つの前の章に、両国の料理と店の差异や特徴について解明し
たいと考えている。中国の谚に「入郷随俗」、日本语に訳すと「郷に入って、郷に従え」。私は日本
で见た中华料理が、本场の中华料理とは违うけれども、日本人は好んで食べる。それはすでに日本
人の口に合うように改良したのが原因であると思う。本章では、中国の近年に出た日本の「たこ焼
き」と「おでん」、日本にある中华料理店、ラーメン店などを実例として、本格的な中华料理はど
のような日本人の习惯と好みに対応し変化してきたのか、両国は西洋と东洋の文化を取り入れ、自
国の状况によって新しい文化をどのようにして创造したのかについて说明した。
 第一节 中国の「たこ焼き」と本格のたこ焼きの违い
 2005 年の夏、私のふるさとハルビンで饮食博覧会が开かれた。この博覧会で新しい食品―「章
鱼小丸子」を见た。即ち、日本のたこ焼きである。たこ焼きは日本で美味しくて、人気があって、
どこでも见られる。私の知っているかぎり、中国では二度と「章鱼小丸子」を食べる人がいない。
原因はその国にとって、特产のものが违うからである。第一章で绍介した日本は海に囲まれて、海
产物が豊富である。国土は狭く、运输业も発达している。新鲜度を保つことができる。ある料理を
作る前に、调理の条件を考えなければならない。タコ焼きの中で一番重要なのは、タコの味である。
タコの味がないと、たこ焼きの意味はないと思う。
 第二节 中国の「関东煮」と日本のおでんの违い
 2005 年 2 月、中国の正月前に、ある新しい食品が私の故郷ハルビンに登场した。この食品は「日
本の一番人気食品」と宣伝し、「関东煮」と呼ばれていた。私が実际に行ってみると、この「関东煮」
は日本の「おでん」のことであった。「関东煮」は発売すると、すぐに人気食品となって、よく売れた。
 中国の谚に「入郷随俗」、日本语に訳すと「郷に入って、郷に従え」。私は日本で见た中华料理が、
本场の中华料理とは违うけれども、日本人は好んで食べる。それはすでに日本人の口に合うように
改良したのが原因であると思う。「関东煮」と「章鱼小丸子」は日本の食べ物であるが、「関东煮」
を中国人の好みの味に改良し、口に合うようにした。これが大成功を収めている一番重要な原因で
ある。従って、食べ物や建物に限らず、相手を理解することが国际発展、国际交流の基本である。
 第三节 友达の中华料理店
 2005 年 5 月、私の友人である陈さんは日本の大学を卒业し、埼玉県の北越谷駅の近くに中华料
理店を开いた。そのために、300 万円出资し、10 年间経営していた古い店を借りた。客席は 40
名ぐらい座れるほどであった。実际に経営すると、最初の 2 カ月はよかったが、3 カ月目からお客
様の人数が段々少なくなって、半年ぐらいから、店は赤字になって闭店した。そのもっとも重要な
原因は陈さんとコックは本场の中华料理を提供して、味を日本人の口に合うように変えていないの
で、日本人は食べられなくなった。また、いつも食べていたものの味が変わると、前の店とは违う
なと客が感じて、常连客も来なくなったと思う。日本で料理店を経営しても、日本人の口に合わせ
ないのが失败の原因である。
 第四节 日本のラーメン
 ラーメンの発祥地は中国西北部の兰州というところで、中国の唐时代から、今まで 1300 年の歴
史がある。今、日本人がよく食べるラーメンは中国人の私から见れば和式のようである。麺の种类
はラーメンのほか、うどんとそばもある。日本式ラーメンの味の种类は多く、味噌,しょうゆ,と
んこつ,塩などがある。
 ラーメンは日本に登场して约 150 年の歴史がある。日本人はこの 150 年の间色々な味も作り出
した。中国のラーメンは 1300 年の歴史があるが、変化はあまりない。私は日本で生活し、日本人
の创造性と研究心について勉强してきた価値があると思う。今の时代、日本は机械で麺を茹で、中
国はいまだに 1000 年前と同じ锅を使っている。中国は日本のこの先の进化も勉强する価値がある。
おわりに
 中日の食文化は何千年もの歴史があり、地理や风土の违いによって、生み出した料理も违い、そ
れぞれ特徴がある。中国は调味の研究の上で、日本は料理に美意识を注入したことで世界に称賛さ
れている。さらに研究し、日中饮食文化の融合にも日中文化である风俗の影响を受け、地域によっ
ても、多少违うところがある。日中の居酒屋の比较研究を通じて、日本は管理方法や制度に関して
具体的なシステムがあると言える。日本の电子制品と机械を応用したシステムを居酒屋に导入し、
中国の今の时代を超えている。论文の中で中国と日本の居酒屋を比较したことを书いたが、一言で
言うと,新しい时代に相応しい电子化した居酒屋と,昔ながらの原始的な手作业の居酒屋との比较
であった。また、地域政策研究としての课题は「地场产业の振兴」である。居酒屋も地场产业の一
种だと思う。今の日本には昔ながらの古い居酒屋もいっぱい存在している。これらの居酒屋が経営
的に困难な场合は、新时代に相応しい电子化の居酒屋と比较研究すれば、昔ながら居酒屋を振兴で
きるかもしれないと考えるようになった。
Nabeko
2016-02-03 · TA获得超过620个赞
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食文化における日本と中国の违いは、食に対しては贪欲なまでに本能をむき出しにする中国人に対し、日本人は「武士は食わねど高杨枝」(名誉を重んじる武士は、たとえ贫しくて食事ができない时でも、食べたばかりのように悠々と杨枝を使う)と言う言叶に表されるように、食べることを前面に押し出すことを良しとしない风习がありました。
生きるために食べる日本人、食べるために生きる中国人
中国4千年の歴史の中で、几多と无く起こった大自然による天灾や、戦乱による人为的な灾害で饥馑が起こり、大势の人が饿死するという悲惨な时代を生き抜いてきた中国人にとって、食べるということが生きてゆくことの最大の目的となったのでしょう。 日本にも饥馑はありましたが、中国に比べるとその回数も少なく、规模も小范囲のものであったことと、支配阶级であった武士の精神として「心头を灭却すれば火もまた凉し」(どんな困难や苦痛も、心の持ち方次第で苦しみは感じなくなる、つまり强い意思さえあれば空腹は抑えられるという意味)のごとく、食生活においてもあまり食べることばかり気にかけるのは、はしたないことだ、とされていたこともあって、このような违いが出てきたのだと思います。
食に関しては中国人の方が人间の本能に、より正直であると言えるのかも知れません。
「ご饭食べた?」は「こんにちは」
「吃饭了吗?」(ご饭たべた?)、中国で生活していると日本人でも中国人の知人に会うと、よくこう声をかけられます。最初は马鹿正直に「はい、もう食べました。」とか「いいえ、まだです。」と答えていましたが、だんだん単なる挨拶だと分かってきて、そのときの気分で食べたとか、食べてないとか适当に返事をするようになりました。
食粮事情が悪い时に食事をすることができたかどうかは、食べることを人生究极の目的と考えている中国人にとって、大変重要なことでした。そのようなことから、ご饭を食べましたかとたずねることは、相手を気遣う最も适した挨拶の仕方だと言えます。
今では中国も「食」の心配はなくなりましたが、食べることが一番重要なことであると考えている中国人は、今でも日常生活の中の挨拶としてこの言叶を使っています。
日本で日常の挨拶としては、あまり「ご饭食べた?」などと闻くことはありません。もしあるとすれば「まだだったら一绪に食事に行かない?」という诱いの言叶であり、决して挨拶代わりに使っているわけではありません。
このような违いからも、中国人がいかに食べることに重きを置いているかがわかりますね。
日本の四角と中国の丸
何のことかと思ったら、食卓(テーブル)の话です。
日本では家庭用の食卓でも、旅馆などで食事をする时に用いられる食膳でも、四角形をしています。旅馆の宴会场で大势が一堂に会して食事をする场合も、一人用のお膳を四角形に并べます。
一方、中国の食卓は丸型で、気の利いたレストランなどでは各自が料理を取りやすいように上に回転する丸いガラスのテーブルが付いていたりします。大势で食事をすることが前提ですので、一人用の小さなテーブルなどはありません。
古代においては中国も1人用のお膳を并べて食事をしていました。中国の时代剧よく皇帝を前に家臣が四角いお膳を前に酒宴をしているシーンがよくでてきますが、明代になってから现在のような丸いテーブルに変わっていったようです。今では「中国から伝わったもので、中国にはなく日本に残っている文化」の一つになっています。
その食卓の上を见ると、すぐに気がつくことがあります。まず箸の形が违います。
日本では男用の箸は长めで、女用はやや短めのもの、と言うように男女の区别がありますが、中国は全く同じ大きさのものを用います。また中国の箸は日本の箸と比べて长く、円卓の远くの料理でも取りやすいようになっているのに対し、日本は自分一人分の料理が目の前にあり、远くのものを取る必要がないので短い箸を使い、中国の箸のようにズンドウの形ではなく、鱼などの身をほぐしやすいように先がとがった箸を使います。
箸の形だけではなく、箸の置き方も违っています。日本では箸は横にして置かれますが、中国では縦に置かれます。箸を使うと言うことでは日本も中国も共通ですが、形や作法で、こんなにも违いがあるのです。
他にも小さな违いは见られます。先ほど日本の箸には男用、女用があると言うお话をしましたが、箸だけではなく他にも茶碗や汤饮みなどにも同じように男用と女用があり、一般家庭では自分の使う箸やお茶碗が决まっています。しかし中国にはこういった発想はまったくありません。
箸も茶碗もすべて男女共用であり、同じ大きさです。女性の方が小食であるとか、小さい方が上品であるとかの考え方もありません。洗った後はどの箸やお茶碗が谁のものかわかりませんので、特定の箸やお茶碗を个人の専用にすることもありませんし、当然、箸箱といった特定の容器もありません。
以前、中国で経口感染であるB型肝炎が流行した时、北京に驻在していた我々日本人は「マイ箸」を持ってレストランに行ったことがあります。中国人から「なぜあの日本人达はレストランに箸なんか持ってくるのだろう?箸ならここにちゃんとあるのに」と不思议そうに见られたことがありますが、普段でも自分の箸を持たない中国人から见れば日本人の行动は本当に理解できないことだったのだと思います。
「いただきます」、「ごちそうさま」の中国语は?
北京に驻在していた时、中国に来られたお客様と一绪に食事をすることになったのですが、食事が始まる时に「中国语では『いただきます』を何というのですか?」とたずねられたことがあります。
我々日本人は食事をする前には、子供の顷からの习惯でしょうか、ごく自然に「いただきます」と言いますし、食事が终わると、やはり同じように「ごちそうさま」と声に出します。でも中国人の口からそのような言叶は闻いたことがありません。なぜなら中国にはそのような习惯がないからなのです。
食べる前に使われる言叶としては「吃吧!」(chi ba!)と言う言叶がありますが、特に「さあ食べてください」という时に用いるくらいで、普通は何も言いません。また「ごちそうさま」にあたる言叶としては「吃饱了」(chi bao le!)がありますが、この言叶にしても「もうお腹が一杯です」と言う意味で、日本语の「ごちそうさま」という感谢の言叶とは少しニュアンスがちがいます。
お客様はそのような说明を闻いた後、「仕方ないのでそれに近い言い方でやりましょうか」と言い、全员で「吃吧!」と合唱して食べ始めました。
近くのテーブルにいた中国人は思わぬ大合唱にびっくりしてこちらの方を见つめていました。彼らが惊いたのは、全员が手を合わせていっせいに「吃吧!」と合唱したからだと思いますが、まさかchiの発音が全员日本语のチーになっていたため「欺吧!」(だましましょう!)と闻こえたのではないでしょうね。そうでないことを祈っています。
本式乾杯と中国式乾杯
この话は有名な话ですので、皆さんの中にも実际にこの违いを体験された方もおられると思います。
「乾杯!」と言って杯を合わせ同时に饮むという习惯は日本も中国も同じです。またお酒を注いだ相手から返杯を受けて酒を饮むのも同じです。
日本の乾杯は宴会が始まる最初のかけ声のようなもので、普通は一回きりです。お酒が饮めない人は饮む格好をするだけでもよく、後は各自が适当に饮めばよいことになっています。饮めない者は自分の酒量に合わせて饮むことができるので、ます泥酔することはありません。一时期学生のコンパなどでよく行われていた、酒を无理强いする「イッキ!イッキ!」のかけ声も今では日本でも自粛されるようになってきました。
ところが中国の乾杯はその字のとおり「杯を干す」と言うことですので、必ず饮み干さないといけません。杯に少しでもお酒が残っていると、空にするまで催促されます。これが最初の一杯だけならいいのですが、中国人は酒を饮む时、绝対一人では饮みません。一人で酒を饮むのはマナー违反だとされているからです。必ず谁かを诱って一绪に「乾杯!」をします。ホストが立ち上がり、全员に乾杯を呼びかけると全员が立ち上がって乾杯をしなくてはなりません。「さっき食事前に乾杯したのに…」と思うのは日本人だけです。あとは「両社の合作のために乾杯!」だとか「我々の健康のために乾杯!」だとか延々と続くことになり、お酒の饮めない人は地狱を见ることになります。
中国人にもお酒の饮めない人はいます。すべての中国人が「酒鬼」(jiu gui)と呼ばれるような酒豪ばかりではありませんので、彼らは乾杯の时「随意」(sui yi)と言って乾杯攻势をかわしています。
でも我々日本人がそれを口にして逃れようとしても、现実はなかなか许してもらえないんですよね。
残った料理はどうするの?
非常にもったいない料理の出し方のように思えますが、中国文化の中で我々日本人が见习わなくてはならない文化があります。
それは「打包」(da bao)、日本语の「お持ち帰り」という日本ではもうほとんどなくなってしまった习惯です。日本でも昔は食べ残したものを持って帰るということが行われていました。食物を残すことがもったいないと教えられてきた日本人も、いつの间にか食粮事情がよくなって生活が裕福になるに连れ、次第にそういった気持ちが薄れてしまい、残した食べ物が舍てられてしまうようになってしまいました。
中国では豊かになった今でもレストランで食事をして残った料理は「打包」して持って帰ります。耻ずかしいとか、そのようなことは一切考えませんし、お店の方も当然のこととしてお持ち帰りの容器を用意しています。
闻くところによると、もともと料理を余るくらいに出すのは中国人のお客様のもてなし方の方法だけではなく、お客様が食べ残した料理をその家の使用人达が後で食べるようになっていたからということです。
日本人のように出された料理をすべて食べきってしまうと、使用人の食事がなくなってしまうことになってしまいます。やはりお互いの文化、习惯を知ることの大切なことが良く分かりますね。
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習慣了寂寞相隨
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